さほりさんの自虐史観からの脱却

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2016年 03月 12日

宣教師の善意を利用して日本軍の悪を宣伝する蒋介石のプロパガンダ。アメリカ人ジャーナリスト、フレデリック・ヴィンセント・ウイリアムズより⑤

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フレデリック・ヴィンセント・ウイリアムズ
(Frederic Vincent Williams)
1890年生まれのアメリカ人。
少年時代に外人部隊に所属したり各地を放浪する冒険者のような生活を続け、その見聞を新聞紙上で発表することからジャーナリストの道に進む。
サンフランシスコの新聞記者としてチャイナタウンの抗争事件を取材して有名となる。
日中戦争の起こる前から極東を取材旅行しながら共産主義の危険性に注目して、親日的立場から本書を執筆した。
日米関係の悪化を懸念しつつ、ラルフ・タウンゼントらとともに発言を続け、真珠湾攻撃後にタウンゼントと同じく逮捕され、16ヶ月から4年という不定期刑を言い渡される。
戦後の日本に再びやってきて、原爆を投下された長崎を訪れ、1956年に“The Martyrs of Nagasaki“(長崎の殉教者)という本を出版している。


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当時の原書 “Behind the news in China”。

著者は序文で、「私が初めて中国を旅したのは、一九三七年の日中両国が戦いを始める前であった。
上海と南京で、蒋介石政府の高官にインタビューしたのである。それから北京に行き、そしてシベリアの国境、それから満州国を南下し朝鮮、そして日本に行ったのである。
それから私は戦争が始まってから中国を再訪した。最初は中国軍と行動した。それから今度は日本軍とであった。
私は両方を見た。
世界の各地を見た新聞記者としての長年の経験から、何が起こっているのかを理解することができた。私は戦場を後にした。私は多くのものを学んだ。そして精魂込めて書き上げたのがこの著作である。」と述べている。

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こちらが訳本
この本の中から重要な箇所をピックアップしていきたいと思います。

目次 第十二章 宣教師の善意を利用して日本軍の悪を宣伝する
■利用される宣教師(p129~p131)
  没落し行く蒋介石政府は絶望したあげく、アメリカ人が結果として干渉してくることを期待して、まず同情を、それから援助を獲得し
 ようとして宣教師たちにすがり寄った。彼らは既にプロテスタント派のかなりの部分の同情を獲得していた。今はカソリックに接近を
 試みようとしている。カソリックは全体として、どちらの側にも立たず一歩下がっている。戦争が始まる前、カソリックは南京軍閥
 政府から布教を奨励されたことはほとんどなかった。そして今、ロシアのヴォルシェビキの影響から中国を分離させようと日本が猛烈に
 迫ってきたために、以前の南京支配はそれまでに伝道上において大なり小なり横道にそれていたカソリックに、耳さわりのよいあらゆる
 約束をしたのである。
  同業のプロテスタントのように、カソリックの中にも蒋介石の約束に騙される者がいた。(中略)蒋介石一派は彼らに接近し、そして
 プロテスタントの宣教師と同じしょうに、日本軍のアトロシティー(残虐行為)と申し立てられている野蛮な話で宣教師の耳を一杯にし
 て、彼らに合衆国の彼らの友人宛に精神的な苦しみの手紙を書かせたのだ。
  中国南部の宣教師たちの一部はこれに影響された。疑いなく、上海の数名は友人に手紙を書いている。すべて誠意である。しかし、彼
 らが蒋の影響下に屈服したとき、多かれ少なかれ、厳しく中立であろうとする彼らの至高のものへの願望に反したことになったのである
  
  中国そして極東を旅していたとき、日中戦争の前でも最中でも、私はいくつもの宗派の沢山の宣教師たちとコンタクトを取った。
 そして私は特にカソリックの間に、日本が中国でしていることの正当化について、意見が鋭く分裂していることを発見したのである。
 多数は日本を弁護する。その他は中国を弁護する。日本、朝鮮、満州国のカソリックの宣教師たちは、日本がボルシェヴィズムから
 アジアから救おうとしているのだと率直に述べる。北京、北支の内陸部でもこれと同じである。しかし上海では(中略)日本に反対し、
 中国の肩をもつ若干の熱心な者たちがいた。
  蒋介石の取り巻きは、一部プロテスタント宣教師に対すると同様、すかさず彼らに飛びつき、「母国」に手紙を書いて、日本を非難
 するようしきりに促したのである。(中略)
  宣教師がやろうとしたことは、アメリカ人からの寄付であった。



 ■日本軍に感謝する宣教師たち(p135~p136)
  中国の軍閥のプロパガンダ目的に利用されたこれらの幾つかの宣教師たちの恐怖の手紙と、著しい対象をなしているのは泰安から来た
 二つの手紙である。書いたのは戦争を恐ろしい段階で経験していた司祭たちである。彼らは日本でなく、中国の兵隊による残虐行為を
 非難していた。いわゆる非正規兵であるが、匪賊とほとんど変わらない程度の連中で自国民を獲物にしていたのだ。彼らは書く。
 「こちらの情況に関するアメリカの新聞報道は一方的であり、大袈裟すぎます。――しばしばほんとうのような嘘か反日のためのプロパ
 ガンダとしてはびこっているのです。我々は中国人に捕まり、殺された囚人の首が棒の先に突き刺されているのを見ております。中国の
 農民は中国の非正規兵による略奪で一番苦しんでいるのです。もう、匪賊とほとんど変わらない程度の軍隊なのです。大都会の爆撃は
 中国軍の将校が秘密地帯に軍隊の宿舎を割り当て、軍需物資、支給品などを置いているから起きたのです。軍需品が町のど真ん中に高く
 積まれていることはしょっちゅうなのです。
 「私たちの経験によれば」と二人のカソリック宣教師は続ける。「日本兵は統制が取れています。そして我々をどんな形でもいじめたり
 しません。だから我々は喜んでこの善意の中国人たちと共に留まっております。しかしながら日本人についての真実は語られておりませ
 ん。彼らは私たちに親切です。泰安の爆撃の間、私たちの伝道施設はひどく破損しました。町の陥落の後、日本軍将校たちがやってきて
 遺憾の意を表明しました。そして教会の再建用にと三千円を提供してくれました。また役に立つからと車を提供してくれ、宣教師の建物
 を保護するよう、一筆書いて掲示してくれました。彼らがやってくる前に悲惨な体験をしていましたから、これは私たちにホッとした
 気持ちを抱かせてくれました。




 最後にピウス11世の言葉を述べて終わりたいと思います。
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ピウス11世(アッキレ・ラッティ) 1857~1939年。
オーストリアの定刻のロンバルド=ヴェネスト王国デージオ生まれ。父は工場経営者。ミラノ大司教を経て教皇に選出。
長く外交分野で働いていたが、本来は学者で、諸言語に通じ、古代以来のさまざまな神学的著作に精通していた。
外交分野でも経験があったゆえか、社会主義者が様々な工作を企てていること、
支那事変(1937年)の際に、それが社会主義者の陰謀であることを的確に見抜き、
勇気を持っていちはやく世界中のカトリックに発信した。

バチカンの絵画館、ラジオ局、ローマ教皇庁立科学アカデミー等はすべて11世のもとで作られたという。

日中戦争(支那事変)が始まった年1937年10月に、当時のローマ法王で平和主義者として知られるピウス11世(在位1922~39年)は、この日本の行動に理解を示し、全世界のカトリック教徒に対して日本軍への協力を呼びかける声明をだした。

英文
“The action of Japanese troops was not to invade, but to protect China. They are fighting to get rid of communism there. As long as communism is in the world,all Catholic believers should cooperate with Japan without hesitation.”
日本語訳
「日本の行動は、侵略ではない。日本は中国(支那)を守ろうとしているのである。日本は共産主義を排除するために戦っている。共産主義が存在する限り、全世界のカトリック教会、信徒は、遠慮なく日本軍に協力せよ」
日本の行動は、侵略ではない。日本は中国(支那)を守ろうとしているのである。1937年ローマ法王ピウス11世


http://sahorimatu.exblog.jp/22431045/ ←ピウス11世に関しては、このページにて詳しく書いています。



プロパガンダの怖さと、日本人と中国人の違い。
すなわち「嘘をつかないのはバカだ」という中国人と「嘘はついてはいけない」という日本人との感覚がかけ離れているということだ。
今や、また「日本人は残虐行為をしたと」南京大虐殺を世界にばら撒こうとしている。
韓国は慰安婦問題だ。これも「日本人は、性奴隷したひどい民族」というプロパガンダだ。
民間人だけが対抗して頑張っている状態です。
身近な方に目覚めて欲しいと思いますが、「たまに、怒る人がいてがっかりします」
でも、淡々と訴えていかなくてはと思っています。日本の未来の為に・・・・。





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by sahorikita | 2016-03-12 16:04 | Comments(0)


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