2016年 05月 09日

3.フーバー大統領が明かすルーズベルトの罪状(日米戦争を起こしたのは誰か) ★ミュンヘン融和の成功と失敗

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第三代アメリカ合衆国大統領 任期(1929年~1933年)
ハーバード・フーバー(Herbert Hoover:1874~1964年)

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2011年にフーバー研究所から刊行された
フーバー大統領の膨大な回想録
『フリーダム・ビトレイド』(裏切れれた自由)
この著書は全900ページを超える大著。日本では、訳本はまだ出ていない。
フーバーはこの大著で、東京裁判史観を真っ向から全否定している。

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フーバー大統領の著書を部分的にエッセンスをまとめた本がこちらである。
こちらの本の中の一部、フーバー大統領が指摘した19の過ちを紹介したいと思います。

■第3の過ち ミュンヘン融和の成功と失敗
  「ヒトラーとスターリンという2つのモンスターが戦いあってつぶし合いになることが不可避の情況にあったのに、
  政治家道を失った者は、そのつぶし合いを止めることに努力したのである。

  *ミュンヘン融和とは
   チェコスロバキアのズデーン地方を割譲を要求するナチスドイツに対し、1938年9月、イギリス、フランス、イタリア、
   ドイツ各首脳がミュンヘンで会談、ドイツの要求を受け入れた。この融和政策のことを指す。それ以降、ナチスドイツに
   対してイギリスなどは融和的な外交政策を取った。
   融和政策がナチスドイツの領土拡大・第二次世界大戦の引き金となったという歴史観がある一方で、それを批判する見方
   もある。


 Munich
 Third. I an not disposed to condemn the agreement at Munichiin September 1938 for Sudeten Germans to the Reich
because it was a heritage from Versailles which made such action inevitable........(以下省略、原典P876)

 
 説明の対談は藤井厳喜氏×稲村公望氏×茂木弘道氏
 対談の内容の解説を分かりやすくまとめました。↓

 この三番目は大問題である。フーバー元大統領はミュンヘン融和を否定してはいない。ミュンヘン融和でヒトラーが付け上がった
  という説は採っていない。大雑把に言えばヒトラーとスターリンをつぶし合わせればよかったと言っている。
 ヒトラーとスターリンはもともと衝突コースなのであるから、やらせておけばよい。両方が疲弊したところで、アメリカが介入し
 てバランスを取っていくのが良いと。
  合意は当初、評判が良くイギリスでもフランスでも歓迎されていた。アメリカのルーズベルトもカナダのマッケンジー首相宛て
 の手紙で「戦争の勃発がさけられたのを喜びたい」と書いていることをフーバー元大統領は124ページで述べていた。

 ところが、急に批判意見が次々と出てくる。一番徹底的にチェンバレンを批判したのがチャーチルであった。
 もともとチェコのドイツ人がそのままいた場所であったので、それを併合するのはそれなりの理由があったにもかかわらず、 
 批判が続き、ポーランドは強固にミュンヘン融和を受け入れず、問題が拡大していく。
 ヒトラーの構想は、ナチス国家社会主義が、共産党、ソ連をやっつけることしかなかった。それなのに問題が批判により反れて
 いくのです。


 批判により、融合政策に亀裂が起こったことをフーバー元大統領は、述べている。
 私は、第二次世界大戦は、このようにして戦争が拡大していったと受け止めています。
 

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by sahorikita | 2016-05-09 18:27 | Comments(0)


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