2016年 06月 12日

8.フーバー大統領が明かすルーズベルトの罪状(日米戦争を起こしたのは誰か) ★1941年7月の日本への経済制裁

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第三代アメリカ合衆国大統領 任期(1929年~1933年)
ハーバード・フーバー(Herbert Hoover:1874~1964年)

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2011年にフーバー研究所から刊行された
フーバー大統領の膨大な回想録
『フリーダム・ビトレイド』(裏切れれた自由)
この著書は全900ページを超える大著。日本では、訳本はまだ出ていない。
フーバーはこの大著で、東京裁判史観を真っ向から全否定している。

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フーバー大統領の著書を部分的にエッセンスをまとめた本がこちらである。
こちらの本の中の一部、フーバー大統領が指摘した19の過ちを紹介したいと思います。

■第8の過ち 1941年7月の日本への経済制裁
  「第8番目の、ルーズベルトが犯した巨大な誤りは、1941年7月、つまり、スターリンとの隠然たる同盟関係となったその
  一ヶ月後に、日本に対して全面的な経済制裁を行なったことである。その経済制裁は、弾こそ射てなかったが本質的には
  戦争であった。ルーズベルトは、自分の腹心の部下からも再三に亘って、そんな挑発をすれば遅かれ早かれ報復のための
  戦争を引き起こすことになると警告を受けていた。〔抄訳〕(p099)
   
  
 The Economic Sanctions on Japan of July, 1941
 Eight. The eight gigantic error in Roosevelt's statesmanship was the total economic sanctions on Japan one month
later, at the end of July, 1941..........(以下省略、原典P878)

 
 説明の対談は藤井厳喜氏×稲村公望氏×茂木弘道氏
 対談の内容の解説を分かりやすくまとめました。↓

戦争開始する直前に、アメリカでは世論調査があり、アメリカ人の85パーセントが戦争に反対だった。ルーズベルトは、
 戦争をしないという公約で大統領になっていた為、一貫して平和主義者として振舞っている。インディアナ州出身の
アメリカ合衆国の歴史学者、チャールズ・ビーアドは、それをアピアランス(見せかけ)と見抜いていた。
 自分からは戦争をするわけにはいかないから、日本がアメリカを攻撃させるようにと、日本に対する経済制裁を行なった。
 経済制裁というのは、弾を撃たない戦争であり、意図的な戦争挑発である。
 ルーズベルトの反対派だけでなく、部下達も経済制裁を批判していた。にもかかわらず、経済制裁を強行したのである。

 アメリカに早く参戦してほしい三つの勢力があった。1人はソ連のスターリン。もう1人はイギリスのチャーチル。最後は
 中華民国の蔣介石である。3人がそれぞれ強烈にルーズベルト政権をつかんで、早く日本を追い込んで、日本に撃たせろと
 働きかけた。

 日本はルーズベルトと一生懸命交渉すれば、和解の道ができるのではと思っていた。
 さらに、ドイツのことを付け加えると、日独伊三国同盟がありながら、ドイツ軍は中華民国に最新鋭の武器を提供していた。
 そのため、蔣介石が負け続けるとドイツの兵器の評判が悪くなっていく。ドイツは、軍事顧問の大量に国民党に派遣していた。
 その軍事顧問が、宣伝戦つまりプロパガンダを勧めるのである。また、手伝おうと。アメリカではそれが宣教師によってもた
 らされ、「日本人は残虐だ」という嘘が定着する。南京大虐殺の嘘の証言に意外とドイツ人が多いのです。(ドイツもなかなか醜い)
 

 ★日本はそうやって孤立していくのです。
  その上、他国は国際法を簡単にいざとなったら破る現実にも苦々しく思います。
  ドイツと蔣介石の関係は、私自身が詳しく書き足しました。

 

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by sahorikita | 2016-06-12 19:34 | Comments(0)


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