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2016年 02月 28日

蒋介石に反日プロパガンダをするよう進めたドイツ人軍事顧問。アメリカ人ジャーナリスト、フレデリック・ヴィンセント・ウイリアムズより②

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フレデリック・ヴィンセント・ウイリアムズ
(Frederic Vincent Williams)
1890年生まれのアメリカ人。
少年時代に外人部隊に所属したり各地を放浪する冒険者のような生活を続け、その見聞を新聞紙上で発表することからジャーナリストの道に進む。
サンフランシスコの新聞記者としてチャイナタウンの抗争事件を取材して有名となる。
日中戦争の起こる前から極東を取材旅行しながら共産主義の危険性に注目して、親日的立場から本書を執筆した。
日米関係の悪化を懸念しつつ、ラルフ・タウンゼントらとともに発言を続け、真珠湾攻撃後にタウンゼントと同じく逮捕され、16ヶ月から4年という不定期刑を言い渡される。
戦後の日本に再びやってきて、原爆を投下された長崎を訪れ、1956年に“The Martyrs of Nagasaki“(長崎の殉教者)という本を出版している。


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当時の原書 “Behind the news in China”。

著者は序文で、「私が初めて中国を旅したのは、一九三七年の日中両国が戦いを始める前であった。
上海と南京で、蒋介石政府の高官にインタビューしたのである。それから北京に行き、そしてシベリアの国境、それから満州国を南下し朝鮮、そして日本に行ったのである。
それから私は戦争が始まってから中国を再訪した。最初は中国軍と行動した。それから今度は日本軍とであった。
私は両方を見た。
世界の各地を見た新聞記者としての長年の経験から、何が起こっているのかを理解することができた。私は戦場を後にした。私は多くのものを学んだ。そして精魂込めて書き上げたのがこの著作である。」と述べている。

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こちらが訳本
この本の中から重要な箇所をピックアップしていきたいと思います。

目次 第三章 第二次上海事変の内幕より抜粋
■「アメリカを引きずり込め!」
  中国の軍閥は利己的な群れでしかない。彼らは自分のことしか考えず、国家のことなど眼中にはない。彼らの力と地位の源泉は持って
 いる軍事力のみである。そして誰もが知っていることだが、もし彼がその私兵で日本軍相手に打って出れば、敗北して軍閥でなくなるこ
 とである。だから軍閥は言い逃れるのだ。特に彼らの中心にいる軍閥――蒋介石はドイツ軍に訓練された50万を数える軍隊を大事にして
 いたが、彼もまたそれらをなくせば、自分もこの地位にいられなくなることを知っていた。そこで、蒋介石はある政策を最後まで遂行す
 ることにした。それは配下の軍閥から助けになりそうなものをピックアップし、全面的な信頼が置けない者、自分に反抗しそうな者を
 日本軍と対戦させることである。(p39)

  同時に彼は軍事面に関する彼の司祭というべき、非情なドイツ軍事顧問たちに向き直った。彼らは蒋介石のために戦争マシンを作りあ
 げ、また新に作ろうとしているところだった。このドイツの将軍たちは理想主義者でなく、経験の深い実際主義の男たちであった。
 彼らはどの中国軍将軍たちより戦争を知っていた。この危機に、彼らは判断と指導をする立場にいたのであるが、時を稼いで言い逃れを
 しようとした。最初はうんざりしていた。というのもかつて彼らのアドバイスは多くの場合聞き入れられなかったし、今度も受け入れら れるとは思えなかったからだ。

  つまり彼らは蒋介石にこう言った。「外国に干渉するよう頼みなさい。あなたは1人では勝てない。ロシアは今ここにいない。協力者が
 必要でしょう。イギリスに頼みなさい。しかしながら、力のある干渉者となると好ましいのはアメリカです。こうしたことになると
 アメリカ人はいつも便利だ」

  これはそんなに難しくない。シンパシーという点では、最初から中国の方にあった。日本人は侵入してきたのだ。彼らは侵略者なのだ
 中国の領土を奪い、帝国を広めようとしたのだ。一旦中国を征服したならば、中国人を組織し、世界を征服するのだ。これはモスクワと
 ロンドンのエージェントが世界に送り出した最大のプロパガンダだ。これらのエージェントはそうしてここ2年間、日本人をこてんぱんに
 やっつけていたのだ。

  さて今彼らはいかにも楽しそうに新しく仕事を始めた。迅速になさねばならないもっとも強烈な仕事だ。世界中を反日にする、おそら くアメリカによる干渉の道をととのえようという仕事だ。つまり、アメリカは「世界から民主主義を救え」というためには最適だと
 いうわけだ。イギリスは特にアメリカで反日世論を燃え上がらせ、警告するということでは嘘偽りなくロシア人をしのいでいた。

 (p40)
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城門に掲げられている旗は5色旗といい、中華民国北京政府時代1912~1928)の国旗
上から赤(漢)・黄(満)・(蒙)・白(回)・黒(西蔵(チベツト))の五色横縞五族共和象徴
また旧満州国では五色旗は黄地の左肩に赤・藍・白・黒の四線を並べて五族協和
と称した。
日の丸の旗もみられるということは、日本軍が歓迎されていたと見ることができます。



目次 第四章 残虐きわまる中国軍を糊塗するプロパガンダより抜粋
 ■「焦土作戦」と「氾濫作戦」

   蒋介石の宣伝係はプリンターインクで戦っている。兵隊や銃ではない。しかし一般のナイーブなアメリカ人や世界の人々をうっとり
  させるような大当たりを取っているのだ。

   新聞の見出しやニュースのコピーでうまくいったものがある。「焦土作戦」である。蒋介石の宣伝係は言った。「侵略者を引き返さ  せるために、「彼らの背後のものをすべて破壊した」と。これはいつもこの作戦に固執している中国の軍閥の私兵のためには皮肉か
  冗談の類いである。退却するとき、もし彼らが外国人を殺しも略奪もしないのならば、自分の民族相手にやるまでである。やられる方
  は、長い付き合いでこういうことにはもう馴れてしまったよと言うしかなくなるまでやるのだ。(p51)
   この「焦土作戦」はアメリカやその他の全く単純かつ穏健な勤め人たちには、残虐な侵略者に対抗してのっぴきならない犠牲を強い  られたときにする、身を守るため民衆の高貴な行為だとみなされていた。
   
   これに告ぐのが「氾濫作戦」である。蒋介石の配下が黄河の堤防を切って数万人の中国人――男も女も子供も溺れさせたのである。
  逃走する中国兵を追ってくる日本軍をストップさせるためである。彼らは堤防を切った。自分の首と財産を守るためである。そして
  死んでいく彼らのかわいそうな同胞のことなどちっとも考えなかった。こんなことが起きたらどんな政府でも、普通は世界から忘れる  なと非難されるだろう。しかし総統の宣伝係は多くの人の自己犠牲と愛国心によるものとみなされると、うまいこと取り繕ったのだ。

   もし我が国のこの善意の魂の持ち主たちが、みじめな中国人農夫や女たち、子供たちの逃げ足の速い中国軍に対する叫びとのろいを
  聴くことができるならば、もし彼らが蒋介石とその軍隊に中国軍に拳を振り上げて地獄の呪いが降りかかるように祈っているのを見る
  ことができるだろう。しかし、彼らが中国に見るものすべて、そしてこの「氾濫作戦」など、陰険でずるがしこいプロパガンダを通し  てしか彼らは理解していないのだ。このプロパガンダは蒋介石が高給で雇った作家たちによって毎月発表されている。そいつらは、
  歴史を動かす天国の住人のような気がするとして、物々しく「アーメン」と言っているのだ。

   蒋介石の側には、「焦土作戦」や「氾濫作戦」を正当化する宣伝が作り上げられていたが、開戦後1年もすると、彼の配下の中国軍  の乱暴行為のニュースが検閲を逃れて外部世界にに少しずつ漏れ出してきた。凶暴で抑制が効かず、自国の町や市を略奪して廻る中国  兵のことが「漏れ出し」、外国人への影響を抑えるために、なんらかのプロパガンダが必要とされたのだ。中国兵が自国民から略奪し
  ているということは、蒋介石とその軍閥に作用を及ぼしていたのだ。(p52~p53)

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泥流渦巻く黄河の洪水被災地で、支那人に対する日本軍の必死の救助作業が続く。
同盟ニュース、昭和13年6月23日
日本軍は、中国の氾濫作戦で犠牲になった中国人を救出していた。


日本軍は、中国人に人道的な救出作業を行なってきた。
日本軍がいくところは治安がよくなり、安全になるから、中国人は歓迎していたのです。
蒋介石は、中国人から略奪や殺人を平気でするから嫌われていたのが事実です。
日本人の善行は隠され「日本人がいかに侵略をしかけてきたか。日本人は残虐かというプロパガンダ」が世界中に発信され日本は孤立化していく。
また、ドイツ軍が蒋介石に武器を提供していたのは、知っていたが、プロパガンダをするように進めたというのが驚きだ。
武器を売っていたドイツ軍は、
蒋介石が負け続けると自分達の武器が無能であるとの評判を気にしたようだ。


フレデリック・ヴィンセント・ウイリアムズ氏の見た中国は、事実をよく把握している。










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by sahorikita | 2016-02-28 11:36 | Comments(0)
2016年 02月 25日

中国にて日本人虐殺は続いていた。掠奪、殺人が断続した。アメリカ人ジャーナリスト、フレデリック・ヴィンセント・ウイリアムズ①

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フレデリック・ヴィンセント・ウイリアムズ
(Frederic Vincent Williams)
1890年生まれのアメリカ人。
少年時代に外人部隊に所属したり各地を放浪する冒険者のような生活を続け、その見聞を新聞紙上で発表することからジャーナリストの道に進む。
サンフランシスコの新聞記者としてチャイナタウンの抗争事件を取材して有名となる。
日中戦争の起こる前から極東を取材旅行しながら共産主義の危険性に注目して、親日的立場から本書を執筆した。
日米関係の悪化を懸念しつつ、ラルフ・タウンゼントらとともに発言を続け、真珠湾攻撃後にタウンゼントと同じく逮捕され、16ヶ月から4年という不定期刑を言い渡される。
戦後の日本に再びやってきて、原爆を投下された長崎を訪れ、1956年に“The Martyrs of Nagasaki“(長崎の殉教者)という本を出版している。


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当時の原書 “Behind the news in China”。

著者は序文で、「私が初めて中国を旅したのは、一九三七年の日中両国が戦いを始める前であった。
上海と南京で、蒋介石政府の高官にインタビューしたのである。それから北京に行き、そしてシベリアの国境、それから満州国を南下し朝鮮、そして日本に行ったのである。
それから私は戦争が始まってから中国を再訪した。最初は中国軍と行動した。それから今度は日本軍とであった。
私は両方を見た。
世界の各地を見た新聞記者としての長年の経験から、何が起こっているのかを理解することができた。私は戦場を後にした。私は多くのものを学んだ。そして精魂込めて書き上げたのがこの著作である。」と述べている。

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こちらが訳本
この本の中から重要な箇所をピックアップしていきたいと思います。

目次 第二章 西安事件と頻発する日本人虐殺より抜粋
■日本にいる中国人は安全である。
  日本帝国に住む6万人の中国人は平和に生活していた。彼らの生命や財産は、日本人たちとの渾然一体となった友好的な社会関係の中 で守られていた。私は横浜のチャイナタウンを歩いたことがある。他の町でも遊んでいる中国人の子供を見つけた。危険な様子や恐怖な ど何も知らない表情だった。
  かたや中国では、中国人が暴徒と化して、日本人の子供を好きなように捕まえていたのである。東洋的微笑の中で我々のように暮らし
 旅したものは、「日本人の残忍さと非人間性、それに比べて貧しき中国人の平和な人間性とはいかに違うものか」と聞くことがある。
 通州で無辜の日本人たちを虐殺したまさしくその中国兵たちが、捕虜になったときは日本軍によって給養され、「罪を憎んで人を憎ま
 ず」のサムライ精神によって、「もうああいうことはしてはいけない。さあ行け」と説かれていたのである。日本軍の将官は虐殺の罪を
 無知な兵隊に帰するのではなく、南京の軍閥やモスクワ、無知な耳に叩き込まれた反日宣伝のせいとしたのである。


  世界はこれらの非道行為を知らない。もし他の国でこういうことが起きれば、そのニュースは世界中に広まって、その恐ろしさに縮み
 上るだろう。そして殺された人々の国は直ちに行動を起こすだろう。しかし、日本人は宣伝が下手である。商業や戦争において、西洋諸 国のような方法を取ることに熟知していたとしても、日本人は自らの敵が最強のプロパンダ勢力であるにもかかわらず、宣伝を無視する
 だろう。

  中国にいる外国人には驚きとしか思えないのだが、日本はすぐ動かない。彼らは共産主義者によって虐殺が遂行されたことが分かって
 いた。また西洋諸国が日本を世界貿易市場から締め出した以上、北支との間でビジネスをしなければならないことも分かっていた。
 率直にいって、中国とは戦争をしたくなかったのである。中国政府がロシアのボルシェヴィズムの罠に絡めとられていることも分かって
 いた。しかしそれでも中国の人々とは戦争をしたくなかったのである。なぜなら中国は隣国であり、もし望むならば、生きていくための
 なくてはならないお客様だったのである。
  日本は南京とモスクワを真剣に観察していた。まずソビエトの国内がぐらついているのを知った。共産主義と第三インターナショナル
 は時がくれば自滅するだろうと。蒋介石とその統治が中国人に人気がないことも知った。彼らは蒋介石とその将軍たちが外国に資産を蓄
 えていることを知っており、時がくれば、愛想づかしている彼らに代わって新しい指導者についていくだろうと。その指導者というのは
 日本のように共産主義に反対し北支に日本のために貿易を開始してくれる人物である。

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南京陥落を喜ぶ中国人

■蘆溝橋事件
  日本人虐殺は続いていた。掠奪、殺人が断続した。そして蘆溝橋で日本軍が銃殺された。中国共産党主義者がこれをやった。火をつけ て引火させたのだ。というのも日本軍の軍服は天皇を象徴する聖なるもので、日本人は深く永遠なる愛で天皇を迎募していたからだ。
 つまり心の中にある火が大きく燃え上がったのだ。
  日本は今度は迅速に対応した。共産主義者は後退し、南京の軍閥の統治下に呷吟していた北京市民は、日本との門が開かれたことを喜 んだ。彼らは蒋介石の北京抹消計画を知っていた。また世界では知られておらず、中国人は皆知りたがっていたことだが、蒋介石はモス
 クワの共産主義と平和協定を結んでいたということも知った。中国共産党は権力の座に昇ろうとしていたのだ。
  中国共産党は蒋介石を日本と戦わせようとし、戦争に引きずり込んだ。思ったとおりになった。しかし北京の市民はこれらの共産主義
 者に抵抗した。町が共産主義者に乗っ取られたならば、南京に屈従しなければいけないし、反日軍閥に救いを求めなければならない羽目
 になるのだ。
 続く・・・・。



 アメリカ人の目を通しての中国大陸の様子である。
 ロシア革命は、世界にとって非常に不幸な出来事である。
 スターリンは中国共産党の毛沢東を援助し、現在の中国共産党の支配する中華人民共和国を作った。
 この本を読んで一番問題なのは、「日本人の残忍さと非人間性、それに比べて貧しき中国人の平和な人間性とはいかに違うものか」と聞 くことがある。との部分である。現在も中国や韓国のプロパンダが行なわれているにもかかわらず、日本政府が後手にまわっている。

 今現在、慰安婦問題にて、最近、中国が難色をしめした。
 韓国の慰安婦問題をアメリカにて、後ろから応援しているのは
在米中国系組織「世界抗日戦争史実維護連合会」だ。
 かなりのお金が中国から出ている。そうして韓国人をけしかけてプロパガンダを広めている。
 何故そういうことをするのか?日本とアメリカの離間工作である。日本を孤立させるためである。
 その為に現在もまた「日本人は残虐非道である」というイメージを植えつけようとしている。
 日本も変わらなければならない。
 同じ過ちをおかしてはいけない。
 フレデリック・ヴィンセント・ウイリアムズ氏の助言ともいえる内容は重要であります。
 


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by sahorikita | 2016-02-25 16:35 | Comments(0)