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2016年 06月 14日

9.フーバー大統領が明かすルーズベルトの罪状(日米戦争を起こしたのは誰か) ★1941年9月近衛和平提案を拒絶した事

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第三代アメリカ合衆国大統領 任期(1929年~1933年)
ハーバード・フーバー(Herbert Hoover:1874~1964年)

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2011年にフーバー研究所から刊行された
フーバー大統領の膨大な回想録
『フリーダム・ビトレイド』(裏切れれた自由)
この著書は全900ページを超える大著。日本では、訳本はまだ出ていない。
フーバーはこの大著で、東京裁判史観を真っ向から全否定している。

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フーバー大統領の著書を部分的にエッセンスをまとめた本がこちらである。
こちらの本の中の一部、フーバー大統領が指摘した19の過ちを紹介したいと思います。

■第9の過ち 1941年近衛和平提案を拒絶した事
  「ルーズベルトが近衛総理大臣の和平の提案を受け入れ拒否したこと。この和平の提案が受け入られることを、日本に駐在する
  アメリカの大使もイギリスの大使も積極的に働きかけたし、又祈るような気持ちで見守っていた。近衛が提案した条件は、満州
  の返還を除く全てのアメリカの目的を達成するものであった。しかも、満州の返還ですら、議論する余地を残していた。皮肉に
  考える人は、ルーズベルトは、この重要ではない問題をきっかけにして自分の側でもっと大きな戦争を引き起こしたいと思い、
  しかも満州を共産ロシアに与えようとしたのではないかと考えることになるだろう。〔抄訳〕(p102)
   
  
 Refusal to Accept Konoye's Peace Proposals
 Ninth. The ninth time statesmanship was wholly lost was Roosevelt's contemptuous refusal of Prime Minister Konoye's
proposals for peace in the pacific of September, 1941.........(以下省略、原典P879)

 
 説明の対談は藤井厳喜氏×稲村公望氏×茂木弘道氏
 対談の内容の解説を分かりやすくまとめました。↓

  9番目の失敗が、近衛の顔に泥を塗るような形で和平交渉を拒否したこと。近衛和平提案は、日本駐在の米国大使も、英国大使も、
 祈るがごとく促していた。これが受け入れられれば、戦争は回避できたのである。
 
「近衛が提案した条件は、満州の返還を除くすべてのアメリカの目的を達成するものであった。しかも満州の返還ですら、交渉して
 議論する余地を残していた」
ということである。フーバー大統領の回顧録によれば、「見方によっては、ルーズベルトはこの重要で
 ない満州問題を切っ掛けに、大きな戦争を引き起こしたいと思った、しかも満州を共産国ロシアに与えようとしたのではないかと
 考えられる」とまで書いている。
  
近衛和平提案のことを、ルーズベルトはチャーチルの大西洋憲章の会談で、あざ笑いながら「3ヵ月あやしておく」といっている。
 もう100%戦争をするということを決めているが、始めから戦争を狙っていると思われたら困るため聞くふりをしていたのである。
 
  対談者は、外交として
近衛が、自分が誠意を尽くして交渉すればどうにかなると考える姿は間抜けであり、アメリカの国民への
 働きかけ、つまり宣伝を「ルーズベルトは戦争に追い込もうとしている。日本は和平を望んでいる」等、アメリカの世論に訴える
 などを全くしていない。外交では誠実さなんて役に立たない。そこが日本側の弱さということを、認識しなければならないと
 結んでいます。

 ★慰安婦問題や南京大虐殺など、韓国、中国にやられっぱなしの現在を見ても、同じ間違いを外務省もしている。
  民間の人達が道を切り開いて、抗議していっている現状をみても、進歩がない。
  私も民間人として、水間政憲氏のポストカード(事実の写真)を海外に郵送する運動に参加している。
  この写真をいろんな海外の方に撒くことで、中国や韓国のプロパガンダを信じてしまい、日本が孤立しないようにという
  思いから水間氏のプロジェクトに参加しています。

  歴史家、水間政憲氏のプロジェクトを紹介しておきます。
  HP→http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/


  いろんな角度から、第二次世界大戦の様相を見ていくことで、第二次世界大戦とはなんであったのか?
  自分なりの答えをみつけたく思っています。


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by sahorikita | 2016-06-14 17:02 | Comments(0)
2016年 06月 12日

8.フーバー大統領が明かすルーズベルトの罪状(日米戦争を起こしたのは誰か) ★1941年7月の日本への経済制裁

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第三代アメリカ合衆国大統領 任期(1929年~1933年)
ハーバード・フーバー(Herbert Hoover:1874~1964年)

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2011年にフーバー研究所から刊行された
フーバー大統領の膨大な回想録
『フリーダム・ビトレイド』(裏切れれた自由)
この著書は全900ページを超える大著。日本では、訳本はまだ出ていない。
フーバーはこの大著で、東京裁判史観を真っ向から全否定している。

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フーバー大統領の著書を部分的にエッセンスをまとめた本がこちらである。
こちらの本の中の一部、フーバー大統領が指摘した19の過ちを紹介したいと思います。

■第8の過ち 1941年7月の日本への経済制裁
  「第8番目の、ルーズベルトが犯した巨大な誤りは、1941年7月、つまり、スターリンとの隠然たる同盟関係となったその
  一ヶ月後に、日本に対して全面的な経済制裁を行なったことである。その経済制裁は、弾こそ射てなかったが本質的には
  戦争であった。ルーズベルトは、自分の腹心の部下からも再三に亘って、そんな挑発をすれば遅かれ早かれ報復のための
  戦争を引き起こすことになると警告を受けていた。〔抄訳〕(p099)
   
  
 The Economic Sanctions on Japan of July, 1941
 Eight. The eight gigantic error in Roosevelt's statesmanship was the total economic sanctions on Japan one month
later, at the end of July, 1941..........(以下省略、原典P878)

 
 説明の対談は藤井厳喜氏×稲村公望氏×茂木弘道氏
 対談の内容の解説を分かりやすくまとめました。↓

戦争開始する直前に、アメリカでは世論調査があり、アメリカ人の85パーセントが戦争に反対だった。ルーズベルトは、
 戦争をしないという公約で大統領になっていた為、一貫して平和主義者として振舞っている。インディアナ州出身の
アメリカ合衆国の歴史学者、チャールズ・ビーアドは、それをアピアランス(見せかけ)と見抜いていた。
 自分からは戦争をするわけにはいかないから、日本がアメリカを攻撃させるようにと、日本に対する経済制裁を行なった。
 経済制裁というのは、弾を撃たない戦争であり、意図的な戦争挑発である。
 ルーズベルトの反対派だけでなく、部下達も経済制裁を批判していた。にもかかわらず、経済制裁を強行したのである。

 アメリカに早く参戦してほしい三つの勢力があった。1人はソ連のスターリン。もう1人はイギリスのチャーチル。最後は
 中華民国の蔣介石である。3人がそれぞれ強烈にルーズベルト政権をつかんで、早く日本を追い込んで、日本に撃たせろと
 働きかけた。

 日本はルーズベルトと一生懸命交渉すれば、和解の道ができるのではと思っていた。
 さらに、ドイツのことを付け加えると、日独伊三国同盟がありながら、ドイツ軍は中華民国に最新鋭の武器を提供していた。
 そのため、蔣介石が負け続けるとドイツの兵器の評判が悪くなっていく。ドイツは、軍事顧問の大量に国民党に派遣していた。
 その軍事顧問が、宣伝戦つまりプロパガンダを勧めるのである。また、手伝おうと。アメリカではそれが宣教師によってもた
 らされ、「日本人は残虐だ」という嘘が定着する。南京大虐殺の嘘の証言に意外とドイツ人が多いのです。(ドイツもなかなか醜い)
 

 ★日本はそうやって孤立していくのです。
  その上、他国は国際法を簡単にいざとなったら破る現実にも苦々しく思います。
  ドイツと蔣介石の関係は、私自身が詳しく書き足しました。

 

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by sahorikita | 2016-06-12 19:34 | Comments(0)
2016年 06月 08日

7.フーバー大統領が明かすルーズベルトの罪状(日米戦争を起こしたのは誰か) ★ソ連共産主義を助けた事

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第三代アメリカ合衆国大統領 任期(1929年~1933年)
ハーバード・フーバー(Herbert Hoover:1874~1964年)

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2011年にフーバー研究所から刊行された
フーバー大統領の膨大な回想録
『フリーダム・ビトレイド』(裏切れれた自由)
この著書は全900ページを超える大著。日本では、訳本はまだ出ていない。
フーバーはこの大著で、東京裁判史観を真っ向から全否定している。

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フーバー大統領の著書を部分的にエッセンスをまとめた本がこちらである。
こちらの本の中の一部、フーバー大統領が指摘した19の過ちを紹介したいと思います。

■第7の過ち ソ連共産主義を助けた事
  「アメリカの歴史の全史を通じてもっとも政治の大道が失われたのが、ヒトラーがロシアを1941年に攻撃したときに、
  共産ロシアを支援して、アメリカとロシアが非公然の同盟関係になったことである。英国を救うにはアメリカの軍事力が
  必要であるとする考え方は、例え誤った理論であったにしても、どこかに消えてしまった。ロシアを米国が支援すると
  言うことは、共産主義が世界に広がることであった。ドイツとロシアの戦争に米国は巻き込まれるべきではなかった。
  平和が持続するという最大のチャンスがあったのだが、ルーズベルト大統領は、その機会を捉えることができなかった。
  (p098~p098より)
   
  
 Alliance with Stalin
 Seventh. Indeed the greatest loss of statesmanship in all American alliance and support of Communist Russia when
Hitler made his attack in June,1941..........(以下省略、原典P878)

 
 説明の対談は藤井厳喜氏×稲村公望氏×茂木弘道氏
 対談の内容の解説を分かりやすくまとめました。↓

 7番目の問題は、本質的な問題だといえる。一番の問題点である。
 共産主義ロシアを応援して、アメリカとロシアが同盟国になってしまった。
 フーバー大統領は「今や我々はスターリンとその軍事的な謀略に支援を約束しているのだ、
 世界の民主国家に反して」と警告を発していた。

 アメリカがソ連に力をつけさせ、第二次大戦の勝者がソ連とスターリンであったことを考えると納得がいく。
 アメリカとして莫大な犠牲を払って、共産主義の勝利を収めさせた。ロシア民族の勝利でもなく、共産党の勝利である。
 共産党主義者により、ロシア人自身は酷い目に遭っているにも関わらず・・・・。と解説しています。

 第二次世界大戦の結果、アメリカは膨大な負債を抱えだけであった。多くの国民が亡くなった。
 イギリスもほとんどの植民地を失い経済的に打撃を受けた。そして、イギリスは衰退した。
 勝者は、ソ連なのである。そして、共産国が次々に増えたのである。
 何故、民主主義の国アメリカが、共産主義ソ連を応援するのか?
 私がいつも思う疑問である。
 ヴェノナ文章により、ルーズベルト大統領の周辺にはソ連のスパイがたくさんいたの情報も公開されているが、単にスパイに
 いいなりになっていただけでもなさそうな気がするのです。ルーズベルト大統領の政権では、ソ連にはじめから、最後まで優しいと
 いうか、配慮をする政策があるので不思議なのです。

 謎が多い人物です。
 





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by sahorikita | 2016-06-08 17:26 | Comments(0)
2016年 06月 07日

6.フーバー大統領が明かすルーズベルトの罪状(日米戦争を起こしたのは誰か) ★警戒心を持った忍耐政策をとらなかった事

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第三代アメリカ合衆国大統領 任期(1929年~1933年)
ハーバード・フーバー(Herbert Hoover:1874~1964年)

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2011年にフーバー研究所から刊行された
フーバー大統領の膨大な回想録
『フリーダム・ビトレイド』(裏切れれた自由)
この著書は全900ページを超える大著。日本では、訳本はまだ出ていない。
フーバーはこの大著で、東京裁判史観を真っ向から全否定している。

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フーバー大統領の著書を部分的にエッセンスをまとめた本がこちらである。
こちらの本の中の一部、フーバー大統領が指摘した19の過ちを紹介したいと思います。

■第6の過ち 警戒心を持った忍耐政策を取らなかった事 
  「ルーズベルト大統領は、ヒトラーがロシアを攻撃することを知っていて、ロシアに情報も提供していた。ドイツに対する
  宣戦布告無き戦争を回避すべきであった。貸与法に関しても、イギリスに対しては金融支援のみに限り、その資金でイギリスが
  独自に、軍需品、糧食や船舶を購入できるようにすべきだった。これならば国際法の許す範囲内であった。政治の大道から
  すれば、あの緊急事態の中で、注意深くじっくり待つ政策をとることが必要であった」〔抄訳〕
   
  
 Failure in Watchful Waiting
 Sixth.In the weeks before Lend-Lease and its war powers were were forced upon the American people, Roosevelt knew
definitely of Hitler's determination to attack Russia, and he informed the Russians of it ..........(以下省略、原典P878)

 
 説明の対談は藤井厳喜氏×稲村公望氏×茂木弘道氏
 対談の内容の解説を分かりやすくまとめました。↓

6番目は、アメリカは宣戦布告なき戦争などをせず、国際法の範囲でイギリスに経済援助して、これで武器を買ってもらいえば
 いい。この武器の購入は、イギリスの借金になるから戦争に加担しているわけではない。注意深く戦争の外側にいて、慎重な
 判断をすべきであったと、フーバー大統領は述べている。
 英文での赤字の部分に注目して欲しい。
 レンドリース法というのは、単に援助を与えるだけではなく、大統領にに権限を与えて、その判断でアメリカの船つまり軍艦も
 イギリスに使わせるということが出来る法律であった。
 本来、アメリカでは宣戦布告の権限は、大統領ではなく議会にある。議会が決定しないと宣戦布告ができない。それなのにこの
 法律だと、議会の承認なしで、戦争に関わる権限を大統領に与えていることになると解説しています。

 注*レンドリース法
   武器貸与法ともいう。アメリカがイギリス、ソ連、中国などの連合国に軍需物質を提供するために1941年に定められた。
   45年までに総額501億ドルの物資が提供された。

 これを読んで思うのは――
 アメリカもこの時期、戦争前にかなり大統領の権限が拡大され、ルーズベルト大統領の独裁体制のようなものが出来上がって
 いたように思えます。
 またルーズベルト大統領は、公約にてヨーロッパの戦争には加担しない事と、政府の借金を減らす公約をしていたにも関わらず、
 戦争が終わったあとのアメリカは、膨大な借金だけが膨れ上がった。
 ルーズベルト大統領は、アメリカ国民のことを考えていたのであろうか?私は非常に疑問を持っています。

 
   

 
 

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by sahorikita | 2016-06-07 22:02 | Comments(0)
2016年 06月 07日

5.フーバー大統領が明かすルーズベルトの罪状(日米戦争を起こしたのは誰か) ★アメリカの宣戦布告なき戦争

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第三代アメリカ合衆国大統領 任期(1929年~1933年)
ハーバード・フーバー(Herbert Hoover:1874~1964年)

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2011年にフーバー研究所から刊行された
フーバー大統領の膨大な回想録
『フリーダム・ビトレイド』(裏切れれた自由)
この著書は全900ページを超える大著。日本では、訳本はまだ出ていない。
フーバーはこの大著で、東京裁判史観を真っ向から全否定している。

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フーバー大統領の著書を部分的にエッセンスをまとめた本がこちらである。
こちらの本の中の一部、フーバー大統領が指摘した19の過ちを紹介したいと思います。

■第5の過ち アメリカの宣戦布告なき戦争
  「第5の誤りは、41年の冬にルーズベルト大統領が、米国がドイツと日本に対して、宣戦布告を始めた事である。
  これは、数週間前の大統領選挙選の公約に全面的に違反するものであった」
 〔抄訳〕*「1941年の冬」は、1940年の冬」の間違いであろう。というのも「数週間前の大統領選挙の公約」をしたのは、
      1940年の秋11月の大統領選挙の時だったからである。「大統領選挙から数週間後」といえば1940年の冬である。
      1941年の冬(12月)には日米戦が開始され、アメリカは宣戦布告をしている。(p092~p093)
   
  
 United States Undeclared War Fifth.
 The Fifth major blunder in statesmanship was when Roosevelt, in the winter of 1941, threw the United States into
undeclared war with Germany and Japan in total violation of promises upon which he had been elected a few weeks
before. (以下省略、原典P877)

 
 説明の対談は藤井厳喜氏×稲村公望氏×茂木弘道氏
 対談の内容の解説を分かりやすくまとめました。↓

 この5番目の罪は、日本に直接かかわってきます。
 宣戦布告なき戦争の具体的な内容は、ドイツと日本に対して積極的に介入してくる。
 ルーズベルトは、ヨーロッパの戦争に介入しないという選挙公約を裏切った。
 まず日本には、経済封鎖をしたこと。
 1941年の7月には日本の在米資産の前面凍結をしたこと。
 (中国人に対しては全く行なわれなかった。人種差別といってもいいだろう)

 さらに石油と屑鉄の禁輸。
 このことをブーバー大統領は、「undeclared war」だと言っている。
 また、1940年の通商条約破棄のことも上げている。
 アメリカと通商でなにも問題が起きていないのに、通商条約を破棄する。
 これは、準宣戦布告ではないか?と語ってる。

 また、アメリカ国内では、ルーズベルト大統領が戦争に介入しないという公約がだんだん守れなくなってきたということで、
 国内からも抗議を受けるようになってきた。その裏で共産主義のプロパガンダがあり、知識人に影響を与え、「ミュンヘン
 合意が悪の権化のように言われるようになる。その為、本当の原因である「ポーランド保証問題」が一番の原因であるのに、
 問題にされなかった。

 
 アメリカは、日本に敵国としてターゲットに絞っているのがよくわかる事実です。
 日本人以外のアジア人には、資産を凍結したり、日本人強制収容所のようなことはしていません。
 このような動きを見て思うのは、アメリカは日本に密かな恐れを抱いていたことや、中国で布教活動をしていた宣教師達が
 蒋 介石のポロぱガンダに騙され、日本人が残虐だという報告をしていたり、日本で布教活動をしていた宣教師が日本では可哀想
 な人が少ない上に、議論されたりと、うまくいかない腹いせに、日本は野蛮な国だからキリスト教に改宗しないという報告をして
 いたり、とにかく、宣教師達から日本人は好かれていなかった。イコール アメリカのプロテスタント達は日本を敵視である。
 原爆を強固に落とすよう主張したのは、ヘンリー・スティムソンだ。彼は、熱心なプロテスタントの信者であり布教を広める
 のに夢を描いていた。日本は邪悪な国という彼の強い思いこみが強行的に原爆を落とす主張となっていた。

 いまもそうなのですが、日本人は外国のプロパガンダにやられぱなしだ。
 外国では、反論しないということは、事実なんだと認識されます。
 民間の方々が今頑張っているのが現状です。
 事実の歴史を学んで、自分自身で身に付けていきましょう。
 
 
 

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by sahorikita | 2016-06-07 22:01 | Comments(0)