さほりさんの自虐史観からの脱却

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2016年 05月 04日

2.フーバー大統領が明かすルーズベルトの罪状(日米戦争を起こしたのは誰か) ★ソ連承認の失敗

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第三代アメリカ合衆国大統領 任期(1929年~1933年)
ハーバード・フーバー(Herbert Hoover:1874~1964年)

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2011年にフーバー研究所から刊行された
フーバー大統領の膨大な回想録
『フリーダム・ビトレイド』(裏切れれた自由)
この著書は全900ページを超える大著。日本では、訳本はまだ出ていない。
フーバーはこの大著で、東京裁判史観を真っ向から全否定している。

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フーバー大統領の著書を部分的にエッセンスをまとめた本がこちらである。
こちらの本の中の一部、フーバー大統領が指摘した19の過ちを紹介したいと思います。

■第2の過ち ソ連承認の失敗
  「ルーズベルト大統領の第2の失策が、共産ロシアを1933年11月に承認したことである。4人の大統領と、五人の国務長官に
 わたって、共和党か民主党かを問わずに、そのような承認行為を、(国際共産主義運動の目的と手法の全体を知った上で)ずっと
 拒否してきた。共産主義者は、宗教の信仰、人間の自由と民族や国家の独立をぶちこわすようなばい菌を運び、アメリカに浸透し
 てくることを、彼ら(4人の大統領と五人の国務長官)は知っていたからである。
  彼らは、米国が共産ロシアを承認すれば、ソ連の威信と国力が高まることを知っていた。ルーズベルトが(スターリンと)結ん
 だ愚かな合意、つまり共産主義者は、米国の国境の内側では活動しないという約束は、48時間後には公然と反故にされた。

  政府の高いレベルに入り込み、第五列の活動が全国にひろがり、フランクリン・ルーズベルトが大統領であった12年間に亘って、
 国家反逆者の行為が長く続く事になった。

 The Recognition of Communist Russia in 1933
Second.Roosevelt's second lost statesmanship was in recognition of Com-munist Russia in November,1933.....
(以下省略、原典P.876)


彼らは、米国が共産ロシアを承認すれば、ソ連の威信と国力が高まることを知っていた。ルーズベルトが(スターリンと)結ん
だ愚かな合意、つまり共産主義者は、米国の国境の内側では活動しないという約束は、48時間後には公然と反故にされた。

 
この部分が、共産主義の本質のような・・・。

 ■補足の対談から、以下はまとめています↓
 この48時間後に反故にされ何が起こったか?
 大手を振ってアメリカ国内に共産主義者がなだれ込み、宣伝活動を始めた。
 「政府と党は別だ」という言い訳でごまかされ、アメリカにが共産主義に侵されていく切っ掛けとなる。

 事実として、フランクリン・ルーズベルトが大統領に選ばれる直前、2つの事件が起こっている。
 共産主義者が主導した事件である。
 ★偽札を大量に刷ったという事件
 ★ボーナス行進をやった。
  これは、第一次世界大戦の退役軍人を組織し、われわれは生活に窮している、ボーナスをよこせ!と行進を起こす。
  これには退役軍人が1万7千人も参加し、1932年の7月には4万人以上に膨れ上がり、結局、2人の死者、1017人の
  負傷者を出す事件になる。この事件は共産党が陰で主導したものであった。

 こういう事件や危機感があったにもかかわらず、ルーズベルトは「ソ連を承認」し、アメリカ共産党なるものが出現する。
 ルーズベルト政権の中枢に、ソ連のコミンテルミンつまりスパイが入り込む。
 その事は、ヴェノナ文章で証明されています。

 自由民主主義の国アメリカが、共産主義国ソ連を認める。
 共産主義の危険を知りながら、反対を押し切り認めたルーズベルトとは何者なのか?
 
 次は、「第3の過ち」を述べたいと思います。
 

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by sahorikita | 2016-05-04 16:10 | Comments(0)